🆕interview #002 01/07(fri)~@表参道 Bookmarc 気鋭画家・山本ユフィさん

2022-01-06 | Posted in ART, PICK UP!

発刊から毎号、海に精通したクリエイターにフォーカスさせて頂いてきたSandy magazine。本誌では伝えきれない彼らの信念や作業場所、作品のエピソードをプレビューしたweb Sandyスペシャルコンテンツがこの度スタート。

第2回は、#11,12,14とフォーカスし、最新号#15では音楽ページでコアなtuneのプレイリストをリコメンドしてくれた気鋭アーティスト・山本ユフィさんにインタビュー!

#002  言葉にできない愛と哀をパステルカラーに込めて / 山本ユフィさん

NAME :Yufi Yamamoto

BIRTHDAY  1990/01/08

TOKYO,JAPAN -CALIFORNIA,USA

instagram : yufiroofyart

東京出身、ロシアと韓国のルーツを持ち、16歳から単身渡米しカリフォルニアやストリートカルチャーを持ち合わせる画家・山本ユフィさんの躍進は目眩く華々しい。

恐縮ながら彼女の作品は、本誌Sandy magazineに2018の初掲載から幾度も紹介させて頂いている。

それが初メディア露出だったのは驚くべき事実だが、掲載当初から既に才能と魅力に惹きつけられていた。必然的な事だろう。

この4年で5度の個展、作品集「WHAT ONCE WAS」の出版、そして6度目の個展はそのポートフォリオを掲げ、表参道に在るマークジェイコブスが手掛けるブックストア「Bookmarc / ブックマーク」にて年明け始動早々に開催するという。

自身も大感銘したと言うフライヤーの記述は以下になる。

「一見して楽しく親しみやすい山本のペインティングに通底するのは、むしろ虚無感や寂しさであり、

また自身の”女性”としての在り方、秘めたる怒り、そして諦念であるように思います。

鑑賞者に鋭いトゲを向けているようにすら感じます。

しかし彼女は手法としてパステルカラーや極彩色を用いることで、それらを単純にネガティブな表現に落とし込むことはせず、

あくまでポップ&ストレンジな、特異な作品として昇華することに成功しています。

彼女のライフスタイルとしてのストリート・サーフカルチャーからの影響も少なからずこれに寄与していることでしょう。」

https://www.marcjacobs.jp/ja_JP/about-marc-events-jp/event-jp.html

まるで身内が褒められているかのような高揚感を秘め、編集部からほど近い茅ヶ崎の彼女のアトリエへと足を運ばせて頂いた。

Sandy magazine( 以下S): まずはユフィさんのルーツを辿るべくパーソナルな事を教えて頂けますか?

Yufi Yamamoto(以下Y):ロシアクオーターの日本人の母と在日韓国人の父の次女として東京で生まれて、原宿、阿佐ヶ谷、中野の都内や父の地元の茨城県等に転々としました。小中学校は日本の学校に通って、16歳から厳しくも愛情のある母に「アメリカ行きなさい」と送られて、2006-2016年までカリフォルニアで過ごしてました。最初は英語が全く喋れなかったので泣きながら勉強してました。

S:幼少期はどんなコだったのですか?

Y:11歳頃は、雑誌キューティやジッパーを読んでいた原宿カルチャーが好きなマセガキでした。369のサロンモデルやらせて貰ってたのでいつもピンクメッシュや奇抜なヘアスタイルでした。音楽は椎名林檎さんやJudy&Maryを聴き、中学生時代は、SAM41やグッドシャーロットなどからパンクに目覚めてライブに行ったりしてました。

S:高校からアメリカに渡り4年前に日本に戻ったのですね?

Y:2週間の帰国として渋谷にしばらく住んでいたのですが、戻る日が近くなったので引き払って母が住んでいる晴海に行きました。そしたらビザが降りなくて突然アメリカに帰れなくなったんです。バケーションとして一時的に日本に帰って来たつもりだったんですけど、3度もの申請に落ちてしまって…。カリフォルニアには帰れなくなったので、バイロンベイの美術学校に行こうと決めたタイミングで茅ヶ崎に引っ越して、彼氏と一軒家を借りてその1室をアトリエにしてます。

S:なかなかの波瀾曲折ですね

Y:はい。ビザエンターの拒否はかなり強烈な体験でした。当時現地で結婚もしていて、帰れる目処も全くないので、途端に夫・家・友人・車・仕事・お金を一気に失ってしまって…。そこから3年の間深い闇期に入りました。

S:それから絵を描き始めたんですか?

Y:いえ、小さい頃から絵を描く事が好きだったので、ずっと描き続けてはいます。キャンパスに書き始めたのは大学生の頃からで、現地のマイケルズという日本の世界堂のような画材屋で調達して、海に入るスケジュールで授業組んで。朝、海に入ってから夕方の授業を受けたりしてました。

S:絵にサーフシーンがよく登場しますが、リアルサーファーなんですよね。サーフィンはいつから?

Y:カリフォルニアで18歳の頃から始めました。サンタバーバラのホブソンというビギナーが入るポイントでロングで初めて入りました。立てずにいたら優しいローカルのオジさんが「GO! GO!」って言ってくれたりするメローなところです。それから1年毎にボードが短くなっていって、今はショートをやっています。

S:サーフィンを始めるきっかけは?

Y:最初の彼氏が日本のサーファーだったのもあり、憧れてました。カリフォルニアに行ってからひとりで始めて、スクールも行きましたし、車を持ってからはマイボードを買ってひたすら海に入りましたね。言葉が下手でも共通要項やサーフ言語があるとなんとか仲良くなれるもので、友達も彼氏も海で出来た感じです。

S:プロになろうと思ったりは?

Y:全然。元々運動神経良くないし。ただカルチャーや古い物や歴史が好きで。自然にdigって最初に買ったサーフマガジンは、ショーン・トムソンの「Surfer’s Code」っていう サーファーの12の心得が書いてある本でした。ショーンは、ケリー・スレーターやトム・カレン以前の1970年後半に活躍した南アフリカ出身のワールドサーフチャンプで、けどその本はHow toではなく、「サーファーとは? 」を題材に、人としての在り方を説いた内容だったんです。感銘して「サーフィンっていいな」って思ったクチですね。

S:カルチャーをすごく重じてますよね。

Y:スキルというよりは、カルチャーですね。音楽も10歳年上の初めての彼氏の影響もあって、16歳の時にレイ・チャールズとかサム・クックとかモトリー・クルーとかをよく聴いてました。古着も昔から好きだったし、サーフィンもその延長線っていう感じです。

S:アートにも影響していますか?

Y:いえ、サーフィンの絵っていうのは好きじゃなくて。サーフボードだったり、サーファーガールだったり、海だったり、自分が好きな物がモチーフとして出てくる事はありますけど、サーファーが波を乗っている絵っていうのは描かないし、サーフィンの絵を描く人とは思われたくないですね。

S:ある意味同感ですね(笑)  アトリエを茅ヶ崎に選んだ理由は?

Y:茅ヶ崎は、日本で初めて居心地の良い海だなって思って。海沿いにチェーン店が少ないし、高い建物がなくて晴れてて、心に余裕がある方が多い気がします。元々、湘南のブイブイしてるビーチカルチャーは好きじゃなくて。サーフィンも千葉北で友人達とクラブハウス的に家を借りてるのでそっちで入る事が多いです。ずっとカリフォルニアの海の側にいたので気が張っている感じは慣れないです。

S:千葉北だとハードコンディションでもサーフィンするんですか?

Y:それがカリフォルニアとの波質の違いもあるんですが、トラウマから無気力になってしまって…。サーフィンとかも一生懸命やっているけどパドルとかしても昔乗れたような波が乗れなくなってしまったり。人に言われて気が付いたんですけど。

S:トラウマとは?

Y:前述のアメリカに帰れなくなった事でPTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまって。ホームシックだったし、幼い頃、家庭の事情で転々としたのもあったので、カリフォルニアに行って「あ、ここが私のホームだな」ってやっと思えたんです。すぐに戻るつもりだったので何も準備せずに日本に遊びに来たら、何をしても帰れない状況になって。ビザエンターの拒否されている事のショックが、もう4年も経つのに未だに昨日の事のようにフラッシュバックするんです。好きな物に頑張れなくなるのもその症状のひとつらしくて…。

S:それは辛いですね。それからはどんな生活をしてたんですか?

Y:やっと見つけたホームから見放されて、当たり前にあった全ての物が無くなって。自虐的になり、自分に対して悪い亊してました。体重の増減もすごかったし、ずっと泣いてたし、夜中に急に走ったり、情緒もやばいし。眠れないんで眠剤飲んだりしもしてたんですけど、より悲しくなったり自殺願望とか出たり副作用がすごいのでそれはすぐにやめて。Sandyさんと出会った時もちょうどそんな時期でした。

S:わからなかったです!

Y:完璧主義なところがあったので、人に悩みを見せれなくて。今はやっと悩みをシェアできるようになりました。

S:それでも絵はずっと描いていたんですね?

Y:常に絵は描いていました。その時の感情や住んでいる場所が絵にも出ているんだと思います。

S:絵に出てくるサーファーガールや女のコは自身の投影なんですか?

Y:そうだと思っています。次の個展のBookmarcのフライヤーに書いてくれた紹介文が「まさに」でした。それまで自分でも解らない絵に対しての想いだったりを「自分ってこうだったんだ」って解らせてくれました。

S:個展を常に成功させているイメージですが、各個展をプレビューして頂けますか?

Y:2019年から始まり、今回のBookmarcで6回目になります。

1st 2019年 「Desire Be Desire GO /  思うがままに」@下北沢 Smartship Gallery

2nd 2020年 「My Kind  of  Woman /私のオンナノコタチ」 @渋谷 Carbon

3rd 2021年 「SOFT FLOWERS CLUB / ソフトフラワーズクラブ」@世田谷 Inherit gallery

4th 2021年 「SOFT FLOWERS CLUB  HARD / ソフトフラワーズクラブ ハード」 @江ノ島 Oppa-la diner

5th 2021 年「LA Breathes Behind My Back」 LAはいつも私のすぐ後ろで生きている@世田谷 Inherit gallery

6th 2022 年 「Fairy Nomal / アブノーマルはニューノーマル」@表参道 Bookmarc

1月の後半には、7th@神宮前 TRUNK も決定しました。

S:個展のタイトルもカッコイイですよね!

Y:ポエムとか適当に書き留めたやつをダンピングしているんです。元々ロックやジャズ、シティポップやパンクなど、音楽も大好きで。それにサーカズムとかクスッと笑えるジョークだったり、生意気な感じだったり、皮肉とユーモアに昔から惹かれているのもあって。

S:それがユフィさんのアートの魅力なんでしょうね。

Y:そうかもですね。自分の中にある哀しみや怒り、どうしようもない感じを描いているのかもです。ダークだけど色は自分が観て元気になれるパステルカラーの絵の具でポジティヴに変換してます。2018年の作品は、渋谷に住んで、自転車で生活して、毎日暴飲暴食の生活をしていたので、ネオンがギラギラしたカオスな感じが出ているんですけど、そうやって自然とその時の気分の色味になっています。それと、自分がそこに居て「癒されたらいいなぁ」って空間をイメージして描いていたりします。絵は私にとって自分を慰めるツールでもあって。けど今は絵をやれていて彼氏や助けてくれる人がいてくれて、少しづつ色んな人が自分の絵を認識してくれて、「自分はこういう感じでいいんだ」って思っているので、今はただ悲しみをぶつけているだけでの絵ではなくなりました。ハートがパンクだから他と一緒にされたくないっていうか、根底にある皮肉さやrebel(反骨精神)はそのままなんですけどね(笑)

S:加えてセンス的な事も素晴らしいですが、具対的なインスピレーションはあるんですか? アトリエの紹介とともに教えてください。

Y:これは自宅兼アトリエの1階のリビングにある植物です。手前からミルクブッシュ、リクエストしたオーガスター、ヒトデカズラとかです。家にあまり太陽が入らないのでここに集めてます。お花も好きで生花を趣味でやったりもします。

Y:芸術家は、ピカソとデュフィーとマティス、ゴッホが好きです。2Fのアトリエの入り口のドアにはピカソの写真を貼っています。写りなのか? ガンジーとよく間違えられます(笑)  ここは和室だったんですけど、絵が描きやすいように変えました。絵の具が飛び散ってもイイように壁にビニールをかぶせて床をフローリングにしました。窓は光が入ると色が解らなくなるし、陰に籠った方がクリエイティヴになれるので完全に締め切ってます。

 

Y:それとミッドセンチュリーモダンやバウハウスのデザインの時代も好きです。カリフォルニアでは当たり前かもですが、身近に沢山あったし、安く手に入るのでインテリアも揃えたりしてました。「この人たち日本人なんだ!」って向こうで衝撃を受けたのは、横尾忠則さんと田名網敬一さんです。60~70年代のレトロなアートの影響が大きいです。たまに80年代のネオンカラーを使ったりしてます。私の中にある虚無感のあるノスタルジーって、「今も帰れない」や「行きたいところに行けない」気持ちがいつも出ていて、それが年代物や当時物の哀愁と重なるのかもしれません。

Y:本も凄く好きなんです。石岡瑛子さんの「血と涙と汗でデザインできるか?」というこれを見て凄くしっくりきて。私は美大も行ってないし、私が描いているのは言葉にならない「感情」を表しているんだなぁって思って。その「感情」を表すことで、その「感情」が人に伝わることができれば成功で。重複してしまいますが、今回のフライヤーでの紹介文で書いて貰って、拾ってくれているなぁって感動してます。

Y:この本は、映画『グレート・ギャツビー』のスコット・フィッツジェラルドの著書なんですけど、

「I’LL DIE FOR YOU / 君のためなら死ねる」、「OTHER LOST STORY / 喪われたストーリー達」とか。

こう言う言葉や歌の歌詞にキュンキュンして個展のタイトルや作品集のテキストにしたりしてます。

Y:「The Body Keeps Score / 身体はトラウマを記憶する」。トラウマという病名を医学的に認めさせた第一人者の方の本です。私自身、アメリカに帰れなくなったPTSDの症状にトラウマが当てはまったので、この人のメソットに彼氏と一緒にセラピーを受けました。もう何年も前の事なのに、昨日の事のように料理も洗濯も出来なくて、哀しくて泣いてしまうのが不思議になって。まずは身近にいる人との相違点や不安を取り除いて、安心感が増えることで人生をとり戻す事ができる等々のトラウマ解消に繋がるTipsが書いてある本です。他にはガロ(1960年代に流行した漫画雑誌)だったり、病んでいた時によく出没したゴールデン街のサブカル、遊びに行った旅先のサンセバスチャンやオセゴー、ビアリッツの南フランスやロンドンのヨーロッパのエッセンスも大好きです。

S:様々なカルチャーがユフィさんの絵に凝縮されているんですね。観る人にどう感じて欲しいですか?

Y:そんなのはなくて。絵って観て楽しんだりその絵が良ければイイって思っているので。

S:自由な感覚で観て欲しいって事ですか?

Y:そうですね。御託がいっぱいある絵はあんまり好みじゃなくて。「説明長いよ」って感じなので。私はただ思う絵を描いているだけで、受け手の気持ちは、ぶっちゃけお任せします。可愛いってだけ思ってくれても、もっと深く読み取ってくれても、正解も何もなくて。だから、私の絵は自己満ですよね。ただ、「男か女が書いたか解らないけど、この絵好き」って言われた時は嬉しかったですね。絵を気に入って欲しいので。年齢も人間がつくったコンセプトだからどうでもいいじゃん?って思っています。人物像は後についてくるって言うか。それと、言葉に出来ない伝えようとした事を同じくキャッチしてくれて「これイイよね」って言われるのは感動します。自分でも気が付かなかった事を教えてくれる事もありますし。共感や発見もありますし。自分の感情を表に現して、それに人が賛同してくれるっていうのはこの上ない喜びですよね。

S:だからと言って誰かに焦点合わせることはなさそうですよね。

Y:はい。私の絵って、私の経験から来ているので、見て貰っている人にその経験して欲しくないとも思っていて。1回死んで地獄から戻ってきている気持ちがあるから(笑) 、そんな思いはして欲しくはないです、本当に。

S:さすがパンクですね(笑)  絵を描く為に舞戻ってきたんですかね!?

Y:っていう風に優しい友達は、「アメリカ戻れなかったのはこの為だよ」言ってくれます。だからこそ後がないし、1度色んな物を無くしたからケツに火がついたし、日本に来なかったら画家を目指そうって思わなかったんで、それはそれでいい動力になったなって。私、両親がアーティストだったり美大に行ったりとか全然なくて、もがきながらここまで来て今こんな感じなので。例えば色とか雰囲気とか何かが他人の作品とかぶったとしても、「私は私」で行けるような気がしてます。

S:強いですね。でも他のアーティストやカルチャーや人を尊敬したりもしていますよね?

Y:影響は受けるし、尊敬できる人を尊敬してます。自分が個展させて貰ったギャラリーの前後でやっている個展も観に行きますし。アメリカのカルチャーは解かっていても、居なかった分の知らない日本のストリートカルチャーを今知る事もできますし。けど、人に左右されないっていうのは昔から変わってないです。子供の頃から留守番しながら一人で絵を描いて過ごす事も良くあったし。母は全然ストリートな人じゃなかったんですが、他人に僻まれようが何も気にしない人で。そこは似ていますし感銘してます。

S:群れたりもしない方ですか?

Y:仲が良ければ群れますけど、だからと言って一人一人が誰かに合わせたりはしないですよね。個人主義なので。アメリカだと、例えばいつどこで何を着てようと、体型がどうであろうと、自分が良ければ気にしないし、それで軽蔑したりしない。日本で「その服いまの時期には早くない?」とかよく言われたりしてたんですけど「いいじゃん!」みたいな。私は私、あなたはあなた。人に悪い気はさせずに、誰かが言っていることに同意しなくてもそれは「イイんだよ」って思えるようになって。伝えられるようになりました。英語で「Agree to disagree / 反対する意見に同意する」って一見意味わからないんですけど、個々の意見なんだからどっちが悪いとかではなく、相違の意見がそれぞれあるからっていうのを10代で学んでいたので、今もそう過ごしてます。

S:なるほどです。人の為に尽くしたりする利他的な印象も感じますよ。

Y:日本で辛かった時に色んな人が助けてくれて、本当に有り難みが解ったのかもしれません。今ようやく余裕が出来てきて「人に優しくしよう」って気持ちになってきて、進化してます。弱肉強食のカリフォルニアにいる時は、自分がHAPPYだったから弱っている人を見ると「強くなりなよ!」っていう感じだったので。そんなだからみんな有り得ないくらい強くなっていくんですよね。その中で日本より死を軽んじているところもアメリカにはあって。カルチャー的に薬物も多いし。今は全部を合わせて自分が成長できた気がします。

S:壮大な人生観ですね。

Y:HAPPYな事しかやってこなかった人って、HAPPYな事しか解らなかったりするから、その人はその人で幸せで良いし、一緒に居て楽しいけど、薄っぺらいって思ってしまいます。今よく聴いてるお気に入りのpod castのゲストがみんな壮大な人生なんですよ。どん底から這い上がって金持ちになったり、転げ落ちたりっていう話しを聴けるんですけど、そういう人の方が興味深い人間になるってホストが言っていて。「マジでそうだよなぁ」って。私もそういう経験した人は興味あるし、雰囲気とか味があるっていうか。だから今までの経験も強みに変えていけたらなぁって思ってます。

S:それを語らずも表現できるのがアートなんですか?

Y:そうですね。私みたいな人間ってマイノリティーだと思っているんですよ。けど、みんなから観ると「変」かもしれないけど、私の中では普通。でもちょっと変わっているっていう、普通よりの変。でもそれが私の中で普通って言うことです。それを「Fairy Nomal」 という6回目の個展のタイトルにしました。 今回初めてグローバルブランドの中の、しかも小学校の頃から遊んでいたキャットストリートに自分の絵が飾られるのが凄く嬉しいです。

S:個展6回目にして素晴らしい飛躍ですよね。

Y:一昨年からタイミングの神様が見てくれているような気がしてます。最近よく「人を引き寄せるよね」って言ってもらえるんですけど、本当だなって思っていて。それは有難いし、でも自分で「そうですよ」とか自負できないし(笑)  今回のオープニングパーティでもDJやって貰うビートカフェのカトマンとFLJの大野さんが30年ぶりに一緒にDJできたのは、私の個展の時だったとか。繋いでるつもりはないんですけど、好きな人達に私から必死でお願いしてて、それを喜んでくれて。自分も相手も良いタイミングっていいなって。

S:最高に乗ってますね。

Y:自分じゃよく解らないけど、「乗ってる」って言うと降りる気がして怖いので(笑)  ちょっとづつの努力が報われているのかもしれないです。だから1個1個大切にしたいですよね。

S:本当、謙虚ですよね。

Y:謙虚に行きたいですね。「Be humble」です。アメリカにいた時、友人を介して誰もが知っているような才能ある超大物アーティストと海にも入ってたりして人格に触れた事があったんですけど、その人が本当に謙虚で。優しさ選手権したら世界イチって言うくらい目から鱗で。その介してる友人も同じく謙虚で努力家で優しい人だったので、自分もそう在りたいです。

S:素敵です! では最後に今後の夢を教えてください。

Y:アートを沢山置けて、絵も描けるアトリエがあるスタジオが欲しいです。それとアメリカに戻れたらあっちでも個展したいですし、大好きな南フランスでも出来たらイイですね。それとまずは始まるBookmarcでの個展をただただ楽しみたいです!

海の近くにある飾り気のない貸家。その2階の一室に山本ユフィのアトリエはある。

自分の色を正しく表現する為に封鎖された窓。

床に散らばる痩せた絵の具のチューブに、パレットから自由に飛び舞う色の滴。

デッサンとインスパイスの書物と絵画。

無情にも取りあげられた、やっと見つけたホームであるカリフォルニアへの夢。

愛を馳せ哀でる筆先には、自身を投影した希望の色彩が柔かに微睡んでいる。

ダークな経験から成長し、自分を美化せず本音で生きるそんな彼女と彼女のアートは観る人を惹きつけるだろう。

Bookmarcでは毎日在廊予定だそう。虚無感のあるノスタルジーな彼女の魅惑の世界を堪能しに初春の表参道へ訪れてみては。

■山本ユフィ個展『Fairly Normal』

会期:2022å¹´1月7日(金)- 19 日(水)12:00 – 19:30

■オープニング・レセプション / サイン会:初日夜1月7日(金)19:00~

ゲストDJ:Katoman (Beat Cafe), 大野 俊也 (FLJ, DBX), 和田 剛 (Oppa-La)

場所:BOOKMARC(ブックマーク)東京都渋谷区神宮前4-26-14

■商品情報

Yufi Yamamoto “What Once Was”

販売価格:5,500円(税抜価格:5,000円)

21×24cm / 104pages / Softcover / Full color illustrations

Printed in Japan

Edition of 100 copies

ISBN978-4-908749-29-2

出版社:INHERIT GALLERY + TANG DENG 2021

一見して楽しく親しみやすい山本YUFIのペインティングに通底するのは、むしろ虚無感や寂しさであり、また自身の”女性”としての在り方、秘めたる怒り、そして諦念であるように思います。鑑賞者に鋭いトゲを向けているようにすら感じます。しかし彼女は手法としてパステルカラーや極彩色を用いることで、それらを単純にネガティブな表現に落とし込むことはせず、あくまでポップ&ストレンジな、特異な作品として昇華することに成功しています。彼女のライフスタイルとしてのストリート・サーフカルチャーからの影響も少なからずこれに寄与していることでしょう。

自身初めての作品集”WHAT ONCE WAS”には、活動初期から現在までの作品合計70点を掲載しました。

彼女の作品の魅力を余すところなく堪能していただける作品集になっています。

(TANG DENG 石丸)

■店頭以外での販売方法

1/7(金) PM12:00 より、お電話・メールによる販売も承ります。

TEL: BOOKMARC  03-5412-0351 (12:00-19:30)

 E-mail:  BookmarcHarajuku@marcjacobs.com

・送料、決済手数料お客様負担となります。地域別・国別で料金は変動致しますので予めご了承ください。

■プロフィール

山本 ユフィ(Yufi Yamamoto)/アーティスト・画家

東京都出身。日本、韓国、ロシアのルーツを持つ32歳。16歳で単身にアメリカへ渡る。10年以上のカリフォルニアライフの中で培ったアートは、レトロスクールな色調、LAのストリート・サーフカルチャーからインスパイアされ、サイケデリックでポップかつアンニュイな雰囲気が特徴的な気鋭のアーティスト。2016年に帰国後、日本でも本格的にアーティスト活動を始め実績を重ねている。

photography&text:ReinaShirasaka

THX